研究紹介

テーマ①「環境変動下における極域湖沼生態系の遷移過程と応答」

南極大陸は人為的活動の影響が地上で最も少ない地域であり、考慮すべきパラメーターが極端に少ないシンプルな生態系が成り立っている。今後の地球規模環境変動に伴う南極生態系の動態を知る上でも、南極大陸における生態系の過去の変遷と現在の環境応答を抽出し、明らかにすることが重要である。その反面、過酷な環境のために、過去の生態系の発達過程や環境変遷、応答機構を調査可能なほどの生態系が大陸上に発達していないという難点があった。しかし、私たちはこれまでに南極の露岩域には多数の湖沼群が存在しており、その湖底には現生の生物群集はもとより、最終氷期以降の数万年前に大陸氷床が後退して湖沼が成立した時点からの生態系の環境変遷情報が低温環境下で保存されていること、昭和基地周辺の貧栄養湖において、コケ類・藻類・シアノバクテリアが共存する他の エリアには見られない特殊な生態系が構築されていることを明らかにしてきた。このような貧栄養環境下にもかかわらず、多様な生態系を維持している物質循環機構は未だ明らかになっていない。

南極湖沼生態系は、同一の時間をかけ、同一の気候条件のもと、湖ごとにそれぞれ独立したシステムが成り立っている。近接した湖沼であるにもかかわらず、その多くは河川や集水域によって繋がったものはほとんどなく、全く異なった湖底植生の形態・構造となっており、まるで、それぞれの湖が一つ一つ地球規模の実験場となっているものと捉えることができる。これら光合成生物の集 合体が創りだす形態・構造および機能の謎に迫ることを目指し、植物生理生態学的側面と理論生態学的側面から相互にアプローチする。また、窒素・炭素同位体および光合成色素、栄養塩類の分析により、南極の湖沼を含む流域レベルで炭素・窒素・リンといった生元素がどのように循環してきた/いるのか、南極の陸域生態系がどのようにして発達し環境が変遷してきたのか、環境変動に対して生態系がどのように応答していくのかを明らかにすることを目的として、研究を展開している。

この研究のための調査の様子は、ナショナルジオグラフィックWeb版のコチラから読めます。

また、2016年からは、北極域の湖沼についても南極湖沼と同様の研究をスタートしている。

調査地:南極大陸

共同研究者:工藤 栄(国立極地研究所)、山室真澄(東京大学)、大谷修司(島根大学)、藤嶽暢英(神戸大学)、林健太郎(農研機構)、Warwick F. Vincent(カナダ Laval大学)、内田雅己(国立極地研究所)

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テーマ②「北極の氷河後退域におけるツンドラ生態系の一次遷移過程に関する研究」

高緯度北極の氷河後退域において、ツンドラの植生は、氷河が後退して出来た裸地に植物が侵入・定着して、時間をかけて徐々に発達してきた。つまり、海側から氷河のある山側に向かって、氷の下から露出した時間の順になっている。氷河に近くなればなるほど最近になって露出した地点というわけだ。おかげで、氷河の近くに生えている植物はかなりまばらで数少なく、海側に近くなるとフカフカの豊かな植生で埋め尽くされている。

フカフカの植生発達帯には様々な種類の植物がひしめき合っているが、氷河近くのまばらな植物たちを観察してみると、ある決まった種ばかりが生えている。それらはまだ見ぬ土地へと生息範囲を拡大する能力に長けたパイオニアである。このパイオニアたちがいち早く侵入して定着し、徐々に土壌と栄養が蓄積されていくことにより、他の種も生育できるような環境に変遷していく。

なぜパイオニアの植物はパイオニアになれるのか?

この謎を解くために、
◎ 植生の発達していないエリアと発達しているエリアでの環境の違い(温度、湿度、栄養、土壌など)
◎ それぞれのエリアで、植物にとって成長の基礎となる光合成がパイオニア種とそうでない種とでどのように異なるのか
◎ それぞれのエリアで、植物にとって成長の基礎となる生元素(窒素、炭素、リン)がどこからきてどのように利用しているのか
を調べ、環境データと植物の光合成との関係から、種による生長の違いを導く環境要因を見つけ、パイオニアになれるメカニズム生態系の一次遷移プロセスを明らかにするべく研究を展開している。

北極では地球温暖化の影響が顕著に現れていると言われている。実際に、ニーオルスンの私たちの調査地にある東ブレッガー氷河は最近急激に後退している。

温暖化は、植物の侵入と定着の過程に変化をもたらす可能性がある。原因は、それぞれの植物の温度に対する応答の違いから来る直接的な変化の場合もあれば、氷河の後退スピードが増加することで植物それぞれの侵入速度の違いから来る変化の場合もあるはずだ。

裸地への植物の侵入と定着メカニズムという純粋な学問的問題に迫ることが第一。しかし、そのメカニズムが明らかになることで、それを ベースとして環境変動に対して植物や生態系がこれからどう応答していくのかを知るべく、予測を立てやすくもなる。このようにして、今どんなことが起きているのか、これからどうなっていくのかを学問的な根拠によって提示できれば、環境問題に対して方策を練っていくことにもつながっていくと考えている。

ナショナルジオグラフィックWeb版に書いたこの調査研究のことはコチラ

調査地:スヴァールバル諸島・ニーオルスン

共同研究者:内田雅己(国立極地研究所)

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テーマ③「南極湖沼生態系からつなげる現象と理論」

南極湖沼生態系という、ほぼ閉鎖系、かつ、シンプルな極限環境をモデルとして、「フィールド、理論、実証」を繋ぐことを目指す。

南極湖沼で捉えた現象としての現場環境と、それに対する、生理生態学的視点による生物の応答、および生物地球化学的観点による生態系構造・古環境の復元を行う。群集構造や生産性の変化から、群集の進化的応答、群集構造の決定要因、空間パターン形成のメカニズムについて理論モデルを構築する。その結果から、フィールドで捉えた現象に対する論理的説明と現象の一般化を試みる。

この試みをきっかけとして、極限環境からの生態学への新たな可能性を展開していく。

研究場所:南極大陸(フィールド系)、研究室(理論系)、実験室(実験系)

共同研究者:佐々木 顕(総合研究大学院大学)、工藤 栄(国立極地研究所)、水野晃子(名古屋大学)、吉山浩平(岐阜大学)、池田幸太(明治大学)

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テーマ④「植生の長期モニタリングに向けた画像のRGB解析法の開発」

自然環境下において植性の変化を捉えることは、地球規模の環境変動による生態系への影響を把握する上でも、生態系構造の変化を捉える上でも、非常に重要な課題である。

植生調査は一般的にコドラート法によって実施される。調査地点に正方形の枠(コドラート)を設置し、その枠内の植物群落の構成種やそれぞれの面積比(被度)を記録する方法である。このコドラート法による植生モニタリングを継続していくことは、比較的短期間で起こる季節的な変化のみならず、長期で起こる地球規模の環境変動による変化までを把握するために多大な労力と時間を必要とする。そのため、近年になって技術が大幅に向上しつつあるリモートセンシングによって、観測衛星画像から森林や海洋のモニタリングする研究が世界的に盛んに行われている。衛星データの空間分解能は飛躍的に高くなっているが、その分解能は未だ10メートル程度であり、広範囲の植生全体の観測には向いているものの、局所的な観測に実用できるものではない。その点で、古くから行われてきた植生調査との間に隔たりがあり、効率的かつ簡便に植 生調査データを数値化し動態を把握する手法は未だ確立されていない。一方、デジタルカメラの携帯性の高さと低価格、また撮影画像の解像度向上により、植生調査の際に設置したコドラート内を撮影し記録することや、インターバル撮影設定をしたデジタルカメラを設置することにより定点記録することで、ある地点の植生変化や環境変化を捉える試みが増加しつつある。撮影した画像の色情報、つまり、RGBデータを解析することによって、植物群落の構成や被度をRGBデータから数値化することが可能になれば、植生変化を簡便に捉えることが可能になると考えられる。

そこで、本研究によるデジタルカメラ画像のRGB解析法の開発によって、植生の構成や被度を自動的に抽出可能になった場合には、様々なエリアにおいて、本手法を基礎として長期的な植性の変化を捉えることに応用できると考えられる。

研究場所:国内フィールド、研究室内、たまに南極大陸

共同研究者:水野晃子(名古屋大学)

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